
今回はnoteの書評をしたいと思う。作品はクレメア氏(@cremea_tw)の「#多数人格のすすめ」だ。
この本はずばり、自分探しに疲れたあなたにピッタリの本だ。本当の自分とは何なのか、その正体を知りたい人は是非読んでほしいnoteである。
クレメア氏は冒頭でこう言っている。
私はこれからの時代、複数の人格を内面に持ち、場面場面でその人格を切り替えられる人ほど、心地よく結果を出せる人材になれると考えてます。
多数人格とは多重人格とは違うのでご注意を。詳しくは本noteの解説を参考に。
クレメア氏の作品を読んだことがない人は、とにもかくにもまずは「#世界観の作り方」を読むことをオススメする。これは無料noteだ。
これを読むことで、クレメア氏が一体何者でどのような世界観を持っている人物なのかがわかるだろう。そしてあなたはクレメア氏のことをもっと知りたくなるはずだ。
こちらは私が書いた、「#世界観の作り方」の書評である。参考にしてほしい。
「#多数人格のすすめ クレメア著」を読んだ感想

では、読んだ感想を一気にお伝えしよう。
まず「#多数人格のすすめ」を読んだ人の多くはこういった感想を持つだろう。
「許された」と。
何を許されたかと言えば、複数の人格を持ち、本当の自分というものを見つけることができていないこと、に対してである。
ある時は上司もしくは部下、あるときは夫もしくは妻、あるときは親、あるときは息子娘、あるときは隣人、あるときは愛人、そのように人はいくつも役割がある。それらをすべて同じ顔で過ごすことはできないもの。
だが、それ故に八方美人と言われたり、表裏が激しい、などと言われ、心を傷めたことがある人も多いのではないだろうか。人格が多数ある人への人当たりは厳しいのだ。
他人からすれば、あなたという人格はひとつで、あなたという人格がふたつ以上存在していてはダメなのだ。他人からは複数の人格を持つことは許容されない。それはあなたという人がまわりの人から見た場合に、どういった人物か掴めなくなるからだ。
人はよくわからないモノを嫌う。自分が把握できないもの、自分が理解できないものに拒絶反応を示す。会社で偉いと言われている人間が新しい機械や提案に拒絶反応を示すのと似ている。
だからあなたはひとつの人格しか持つことは許されない。故にあなたは悩み苦しむことになるのだ。
だが、本来、自分自身を押し殺してまで人に理解される必要性などない。自分自身が自分のことをまず第一に考えなければ、誰が自分を第一に考えてくれるだろうか。
本来人間は多面性のある生き物だ。陰と陽があり、表と裏がある。喜びを示すこともあれば、怒りを表現することもある。哀しむときもあれば、心から楽しむこともできる。
ポジティブな発言をしたと思ったら、ネガティブな発言に瞬時で切り替わることもある。
顔は笑っていても心では泣いているときもある。またその逆も。
人間の感情とは、血液型占いのような陳腐なもので簡単に線引きできるものでは、断じてないのだ。
どれかひとつがあなた自身ではなくそれらすべてがあなた自身なのだ。だから、人格を多数持っていることは悪いことではない。むしろ多数人格であることを肯定し、快哉を叫ぶべきなのだ。
だが……、快哉を叫ぶと必ずそれを否定する人が現れる。
だからあなたは「許される」必要があるのだ。
「#多数人格のススメ」により、あなたの人格すべてが肯定されたとき、あなたは新たな世界に産声をあげたことになる。今までは死んでいたも同然。本来の自分を押し殺していたのだから。
安心していい。
これからはもう大丈夫。
あなたの人格はすべて肯定された。
その場その場に応じた人格で生きていいのだ。もっと言えば自分が好きな人格を自分が好きな場所で演じていいのだ。
あなたは舞台役者だ。あなたという人生の舞台に上がり、いくつもの役をこなす役者だ。
大丈夫。
その舞台では誰もが自分の人格のどれかを演じているだけだから。恥ずかしがることも卑下する必要もない。めいっぱい自分を演じるのだ。それが生きるということだ。
「#多数人格のすすめ」を読み終わったあと、あなたの人生はめまぐるしく動くだろう。その覚悟を持つことだ。その覚悟さえあればあなたの人生は好転する、きっと。

クレメア氏の多数人格の使い方

ここでは内容についてではなく、クレメア氏について少し書こう。
以下は本文からの引用だ。
私はこのように、
複数の思想をベースに多数人格的に文章を書いています。自分で言うのも手前味噌で恐縮ですが、
だからこそ私は深みある文章が書けるわけです。
「このように」が何を差すかは本noteで確認を。
クレメア氏も複数の人格をうまく使い、文章を紡いでいるのだ。
ここにあるように「私は深みがある文章が書けるわけです」と断言できる人がどれだけいるだろうか。なぜそう断言できるのかと言えば、それは自分自身に自信を持っているから。ではなぜ自信を持つことができているかというと、自分自身の各人格の思想を言語化できるほど自分を詳細に分析することができているから、なのだ。
あなたはどうだろうか。自分自身の思想を言語化できるだろうか、他人に説明できるだろうか。できないのであれば自分自身と向き合うことが足りていないのだろう。自分と向き合うというのは恐れが伴うものだ。
たまには自分自身の感情を、何の制限もなく紙に書きだしてみるといい。ひたすら書き殴っていると、「自分はこんなことも考えていたのか」と新たな発見をすることがある。
それがあなたの中に眠っている人格だったりする。
インプットばかりにならないよう圧倒的なアウトプットをしてみることをオススメしておく。

「#多数人格のススメ」あとがき

最後にあとがきから一文引用して締めるとしよう。
今までの自分が好きになれない人は、どんどん新しい人格を育ててみて、少しずつでも結果が出ていけば、自分を好きになれる
