【人間関係】怒りを撒き散らす人に対して周囲の人が取るべき方法。変えようと思っても近づいてもいけない。負の感情を表すことに慣れてしまったあの人はもう戻れない。

ハリケーンで飛ばされる家
 
パンダ
あなたのまわりにいつも怒りを撒き散らしている人はいませんか?

今回は「怒り」について書いてみようと思う。

怒りとは何だろうか。

自分のなかにある不満をぶちまける行為だろうか。

自分のなかでかかえきれない感情を吐き出すための行為だろうか。

相手の行為を変えるための行為だろうか。

相手にわかってもらえないもどかしさを表すための行為だろうか。

おそらく怒りの理由は100人いれば100通りあるのだと思う。

はたから見ると、なぜそんなことを怒っているのか、と感じることもあるのではないか。

怒りの根本原因は本人にしかわからない、いや、本人でさえもわかっていない場合も多いだろう。

そしてその本人でさえもよくわかっていない感情が、周囲の人に向いたときにだいたい確執が生まれる。

怒りを表現するなとは言わないが、怒りを撒き散らすことはやめるべきだし、そういう人がいたら距離をとることをオススメする。

間違ってもその人を変えてあげようなどと思ってはいけない。

怒りを撒き散らす人の特徴

怒りを撒き散らす女性
パンダ
いつも怒ってる人、こわい……

あなたのまわりにいつも怒っている人はいないだろうか。

ちょっと気に食わないことがあればすぐ態度に出す子どものような人のことである。

誰でも怒りを覚えることはある。当たり前のことだ。

だがそれを表現するかどうかはその人の人柄による。

たいていの人は怒りを自分の中で反芻し、自分にも非があったと自戒し怒りを鎮めるが、いつも怒っている人は怒りを表現することのハードルが低くなっている。

そのため自戒や反省する時間はなく、何かあったときに瞬時に反応して怒りを示すのだ。

厄介なのは、怒りを引き出すことに慣れてしまうと、怒りを外に出したくなり、自分をコントロールすることが難しくなる。

情緒不安定な人は大抵がこれに当てはまる。

怒りを表現しろ、という人もいるが、むやみやたらに怒りを表現することは長期的に見て確実にマイナスである。

いっときのストレス発散にしかならない。

ひとつ考えてみてほしい。

あなたのまわりにいる、いつも怒りを撒き散らしている人はあなたからどう見えるだろうか。

自由に怒りを表現しててすごいなぁ、とでも思うだろうか。

違うだろう。

どこか近寄りがたい雰囲気を持っているのではないだろうか。

いつでも気軽に話せるような関係を築くことはできないと思うだろう。

その人のようになりたいと思うだろうか。

……。

なりたいとは思わないだろう。

ならば、あなたがすべきことは怒りを自由に表現することではないということだ。

あなたがすべきことは怒りをコントロールできるようになる、ということだ。

ここで怒りを撒き散らす人の特徴をあげておこう。

”怒りを撒き散らす人の特徴”
・メンタルがかなり弱い
・白か黒か正義か悪か、必要以上に線引きをしたがる
・自分が攻撃されると過剰反応するが、他人にはやたらと攻撃する
・自分が被害者だと思っている

メンタルがかなり弱い

怒りを撒き散らしている人は、実はメンタルはかなり弱い。

弱いゆえに怒りを表現し、自分を守っているのだ。

よくある言い方で言えば、攻撃は最大の防御、というヤツだ。

弱い犬ほどよく吠えるとも言える。

自分が批判される前に他人を批判することで自分の弱い心をガードしているのだ。

白か黒か正義か悪か、必要以上に線引きをしたがる

怒りを撒き散らす人は白か黒かをはっきりさせたがる。

世の中、白黒はっきりつけられるものは少ないが、自分の思った白黒を相手にも押しつけたがる傾向にある。

過剰な正義感は、周囲からは受け入れられづらく孤立することも多い。

自分が攻撃されると過剰反応するが、他人にはやたらと攻撃する

こういった自分の感情をコントロールできない人に共通することで、自分を棚に上げるということがある。

自分が何か批判の的にさらされた場合、過剰反応するのだ。

私は悪くない、などと言ったりする。

その割には、誰か攻撃の的を見つけたときは、いのいちばんに攻撃する。

怒りをため込んでいる人は、常に誰かに怒りをぶつけるタイミングを計っている。

周囲の人はその攻撃の対象にならないよう注意したほうが賢明だ。

自分が被害者だと思っている

おそらく根本的な原因はここだと思う。

怒りを撒き散らす人は、自分こそ被害者だと思っているのだ。

他の人のせいで自分が不利益を被っていて、だから私は怒っているのだ、という態度をとる。

他人のせいで不利益を被っているのは、誰もがそうなのだ。

それを口にするか否かだけで、たいていの人は口にしない。

だが怒りを撒き散らす人はすぐに口にして、小さな問題を大きな問題にしようと喚き散らすのだ。

この問題に気づいた私えらいでしょ、という感じだ。

自分の被害者だと思っている人の扱いは注意したほうが良い。

だいたい足を突っ込むと損をする。

怒りを撒き散らす人への対処法

顔がクエスチョンマークの人
パンダ
どうしたらいいんだろう?

答えは簡単である。

無視する。

これだけだ。

そして付け加えると、

反応的にならない。

これでほぼ対策は十分だ。

補足すると、まず怒りを撒き散らしている人がいた場合、簡単に相手になってはいけない。

ただ静観していればいい。

怒りを表現している人に怒りで対応しては、相手の思う壺なのだ。

怒りを撒き散らす人は怒りをぶつける相手を常に探している。

そこに善意からであっても、反論しようものならあなたが攻撃の対象になってしまうのだ。

だから静観、無視が正しいのだ。

そして反応的にならないことも重要だ。

反応的に人の言動に反応的に反応していたら、結局あなたも怒りを撒き散らす人と同類になってします。

何か言われても、「そうなんだぁ」くらいで返すのがベスト。

そこで反応的になろうものなら、それもやはり餌にかかった魚状態になってしまう。

根本的な考え方としてはこうだ。

悪い人がいたとしても、それに合わせて自分も悪くなる必要はない、ということ。

何があっても自分は変わらずにいることが、怒りを撒き散らす人にとってはいちばんの薬になるのだ。

あなたが冷静な態度で接して来たら、怒りを撒き散らす人は自分のことを恥ずかしいと思うはずだ。

それがいちばん効果的の攻撃になる。

おわりに。怒りは麻薬のようなもの

最後に、怒りは麻薬のようなものなのだ。

怒りを表現することへのハードルを下げてしまうと、簡単なことで怒りは芽を出してしまう。

あなたは怒りを撒き散らす人を反面教師として、怒りの表現にはじゅうぶんに気を使おう。

怒りを表現してはいけない、とは言っていない。

必要なときもあるだろう。

だが怒りに常習性を持たせてしまったら、そこで終わりである。

もうそこから抜け出せなくなる。

だから、怒りを撒き散らしている人はある意味かわいそうな存在なのだ。

蟻地獄にはまったように、もう怒りから逃れることはできないだろう。

あなたが今後意識することは、周囲に怒りを撒き散らすような恥ずかしい態度を取る人のせいで、自分の心が搔き乱されたり、ときには怒りで返してみたりする必要はないということ。

それはただただあなたが損をするだけ。

そんな人のために自分の貴重な時間を使う必要は1秒たりともない。

しっかり自分の人生と、大事な人の人生をよりよくするために、周囲のおかしな人のせいで判断を見誤らないように注意しよう。

パンダ
怒りのない平穏な人生をあなたに。
海にかかる橋