【書評】『ナースの法則200 ベテランナースのよりどころ 日本看護協会出版会』を読んだ感想。若いときにクリアしておくべきことは、遊びと恋愛と〇〇〇〇である。

『ナースの法則200 ベテランナースのよりどころ 日本看護協会出版会』を書評するPANDA
 
パンダ
ナースに向けた本ですが、勤め人全般に通ずる言葉がたくさん書かれていますよ。

今回の書評は、『ナースの法則200 ベテランナースのよりどころ 日本看護協会出版会』だ。
(ナースは差別用語であると解釈されることもありますが、ここでは本書に書かれているとおりナースと表現します)

この書評に関してツイートしたところ、日本看護協会出版会様より、コメントをいただきました。

話によると、この日本看護協会出版会は色々と変遷があって今の形になっており、本書は協会の推薦ではないとのこと。

内容的に過激なことが一部書かれているが、クレームには対応できかねるということなので、ご注意を。

過激と言われる部分は以下を読んでほしい。

 

 

本書ではベテランナース13名の意見をまとめた、ナースのための法則が200個書かれている。

これから看護師を目指そうとしている人、今まさに看護師となって孤軍奮闘している人、のための本と言えるが、本書のおもしろいところは働いている人すべてに届く言葉が多く書かれている点だ。

その最たるが、帯にも書かれている以下の文章である。

若いときにクリアしておくべきことは、遊びと恋愛とセックスである。もしそれらが不十分であると年をとってから歪んで現れる。

これだけ読むとナースに向けた本とは思えないが、本書を読めばあなたの心に刺さる言葉がきっと見つかるだろう。

ナースの法則:ウソは失敗をカバーできない

パンダ
嘘はどんな仕事においてもNGですよね。

ウソは失敗をカバーできない。
結果を正直に話せる人は信用がおけるし、失敗があっても早くカバーができる。ウソは最悪である。

病院においては信用が第一だ。

ゆえに病院でのウソは病院の信用をなくす可能性があり、また人の命を預かる仕事であることから、他の仕事とはウソの重みは違うかもしれない。

これは病院での仕事だけでなく、どんな仕事にも言えることだろう。

ウソは自分を破滅させる麻薬だと思っている。

日常的にウソをつく人がいるが、一度ウソをつくとそのウソをまた塗り潰すためにウソをつく必要が出てくる。

そうすると常にウソをついていることになるため、本人は麻痺してくるのだ。

自分でウソをついている認識さえ、なくなってしまうのだろう。

だからウソは麻薬なのだ。そうならないよう正直でいようという意識を強く持つことが必要だ。

本来、ウソをつく必要などないのだ。

ウソをつくのは、世間体だったり、保身であったり、プライドの問題だったりする。

それらがどれもあとあとのことを考えれば、ウソをつく必要などなかった、と思えることばかりだろう。

ただ、ひとつ言っておくと、話の流れをスムーズにするためのウソや、人間関係を円滑にするためのウソ、これは勤め人として必要だと思っている。

ウソも使いようである。

ナースの法則:相手にわかってほしいときほど怒ってはいけない

パンダ
怒りの使いどころは難しいですよね。

相手にわかってほしいときほど怒ってはいけない。
わかってほしいとムキになると、相手には怒りしか伝わらないという結果にも。そんな時こそことばを選んだ慎重に。

これもナースに限らず、すべての人に言えることだろう。

怒りに怒りで対抗してもほとんどのことはうまくいかない。

うまくいくのは、すぐに仲直りできる子どものケンカくらいだろう。

力を持った大人がケンカすれば、戦争になるだけである。

怒りを剥き出しに相手に迫ると相手が何を思うかと言うと、怒られたという事実だけが残る。

上司から部下、親から子ども、怒るケースは様々だが人は怒られたときその内容はほとんど頭に残らず相手の怒った姿と言葉だけが心に残るのだ。

それだけ怒りというのは心へのダメージが大きいと言えるだろう。

ナースから患者に伝えるように、怒りではなく慈愛を持って相手と接することでより多くのことが伝わることになるだろう。

ナースの法則:白衣を脱いだら真の自分に戻れ

最後に、誰にでもあてはまる金言を引用して締めるとしよう。

白衣を脱いだら真の自分に戻れ。
遊ぶときは遊ぶこと。白衣を脱いでもはめを外せないとストレスの原因にも。

これは白衣だけではない。スーツもそう、ユニフォームもそう、作業着もそう、制服もそう、着ぐるみだってそうだ。

人は仕事の服を脱いだとき、自分の地を出すということをしておかないと、仕事場での自分が本当の自分と思うようになってしまい、心が荒んでいくことになる。

もし仕事をしていなければ、もっと心は豊かでおおらかに人と接することができているはずだ。

仕事場だけの自分しか人に見せず、自分自身にも見せないのであれば、本当の自分などきっとどこかに行ってしまうだろう。

人に指示し、人に注意し、人の欠点を指摘し、人の行動逐一を観察する、そんなことを普段からしているわけがないし、その必要もないのだ。

人間は不完全で完全なのだ。

おかしな表現かもしれないが、不完全だからこそ人に愛されることもできる。

不完全こそ愛すべきことなのだ。

だから、私たちが忘れてはいけないのは、本当の自分というものなのだ。

これは仕事が多忙だからとか、育児で忙しいとか、何か外的要因で言い訳をしてしまうのは本来の自分を消すことになってしまう。

それは悲しいことだ。

何も身に纏わずに居られるとしたら、どんな人間になりたいと思うだろうか。

そう自問自答することが、真の自分に戻ることへの鍵となるだろう。

パンダ
これを書いていて、私も仕事の影響で人が変わってしまったのでは? と思いました。
本当の自分、きっとまだどこかにいますよね。
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