【考察】ノムさんの告白「沙知代よ、君がいない毎日は本当につまらなくて」を読んだ感想。(オススメ記事)

『ノムさんの告白「沙知代よ、君がいない毎日は本当につまらなくて」』をレビューするパンダ
 
パンダ
ノムさん……、寂しかったんだな。

今回は野村克也氏の記事をレビューしたいと思う。

記事はこれだ。

ノムさんの告白「沙知代よ、君がいない毎日は本当につまらなくて」

内容はタイトルを見て分かる通り、沙知代氏を亡くした想いを語った記事だ。
切なさを感じると同時に語り方のうまさをみた。あなたもきっと涙するだろう。

ぜひ、記事全文を読んでみてほしい。

ノムさんの告白、俺より先に逝くなよ

パンダ
ノムさん……(涙)

むろん、齢80を超えた夫婦の二人暮らし、ここ数年は、おのずと死を意識するようになっていた。

時折、思い出したように「俺より先に逝くなよ。俺をちゃんと送ってからにせえよ」と言う私に、彼女は決まって、こう応えた。

「そんなの、わからないわよ!」

結婚していればいつかは訪れる別れ。不運な事故等を除けば、夫婦は必ずどちらかが先に逝き、どちらかが後に逝くことになる。夫婦であればこのような会話は一度はしたことがあるのではないだろうか。それは野村夫妻も同じだ。

そして、男は言うのだ。俺より先に逝くな、と。それは他でもない、ただ寂しいからだ。男は妻をなくす寂しさに耐えれらないのだ。誤解のないように言うと、女性のほうが図太く、夫が先に逝ったとしてもそのあと人生を楽しむことができるだろう。しかし、男は違う。妻に先立たれた場合、心にぽっかり穴が開くという表現があるがまさにその通りになるだろう。

平均寿命で言えば、男性より女性のほうが長いため、順番とすれば夫、妻の順だが、それがどうなるかは誰にもわからない。

これも誤解を恐れず言うと、やはり順番は夫、妻の順がいい。その方が生物学的に正しいような気がするのだ。

ノムさんの告白、沙知代はなんて言うかな

パンダ
ノムさん……(号泣)

〈今日の仕事、沙知代はなんて言うかな〉

彼女の反応が、私の活力になっていた。

いま、家にいるときはテレビが唯一の話し相手。画面に向かってボヤくしかない。

テレビに向かってボヤいているノムさんの姿は容易に想像できる。だがそれは野球ファンが望んでいる姿ではない。監督として、もしくはテレビの中で、選手たちに向かってボヤく姿こそ、ファンが求める姿だ。テレビの前にいるノムさんなど誰も興味はない。テレビの中で仏頂面でいることがノムさんのアイデンティティであり、唯一無二の姿なのだ。

誰々ならなんて言うかな、これは何か壁にぶつかったときに思ったことがある人は多いだろう。客観的に物事を判断するには誰かの視点に立って考えることは有効だ。

しかし、誰かに先立たれたときにそう考えるのは有効なのだろうか。寂しさからそう考えてしまうのはしょうがないが、それが残された本人にとってプラスの影響があるのかどうか。寂しいことではあるが、逝った人のことを考え過ぎてしまうのは、残された人の残された人生にとってはマイナスになるのではないか、と少し思った。

アップル社の故スティーブ・ジョブスも「スティーブがいたらどう考えるだろうか……、などと考えてはいけない」、と言っていた。

前を向くにはある程度忘れることも必要なのかもしれない。

ノムさんの告白、悪妻?良妻?

パンダ
ノムさん……(嗚咽)

悪妻かどうかは、周囲ではなく、夫である私が決めること。何度聞かれても、私は断言できる。

「サッチーは、これ以上ない最良の妻であり、私にとっての最高のラッキーガールだった」と。

ノムさんはサッチーの言葉によって救われた。そして生かされていたのだ。どんなに強そうに見えても、所詮男は子どもなのだ。女性がいなければ男性は輝けない、ノムさんもそんな普通の男だったのだ。

ノムさんはサッチーの嘘によって、だいぶ翻弄された。世間に迷惑をかけて申し訳ない、とも言っている。それでもノムさんにとってサッチーは、悪妻ではなく良妻だったと言い切っている。

人生谷あり山ありだが(特にノムさんにとっては)、それでも人生の最後に、妻のことを良妻だったと言えるのだから、これ以上の幸せはないだろう。

ただこう考えると、ノムさんは幸せだった、しかし、もっと幸せだったのはサッチーだったのかもしれない。今となっては知る由もないが……。

ノムさんの告白、おわりに

最後にノムさんがサッチーから言われた言葉を紹介して締めるとしよう。

サッチーの言葉があったからノムさんは成功したのだろう、きっと。

「男の値打ちは仕事で決まる。それがなかったら、あんたなんて終わっちゃうのよ」

「なんとかなるわよ」

パンダ
大丈夫、キミもなんとかなる……う……、う……。(大号泣)