【書評】『なめらかなお金がめぐる社会。あるいは、なぜあなたは小さな経済圏で生きるべきなのか、ということ 家入一真著』を読んだ感想。

なめらかなお金がめぐる社会を書評するPANDA
 
パンダ
なめらかなお金ってどんなお金?

今回の書評は『なめらかなお金がめぐる社会 家入一真著』だ。

なめらかなお金とは、大きな経済圏ではなく小さな経済圏で回るお金のことと言えるだろう。

大きな経済圏と小さな経済圏

パンダ
小さな経済圏?

かつての高度経済成長期のように「大きなことはいいことだ」と成長・拡大を続けることを目指す既存の経済や仕組みを「大きな経済圏」と呼ぶならば、今、CAMPFIREで起こっているプロジェクトのような、個人や地域レベルで小さなつながりを持ち、支え合っているコミュニティのことを、僕は「小さな経済圏」と呼びたい。

いま経済は大きいことが良しとされる。企業はグローバル化をすすめ、細菌が増植するかのごとくどんどん店舗を増やし大きくなっていく。

GAFAを見ればわかるだろう。

それが当たり前であり、一般大衆はむしろ便利になるならそれを臨んでいたりもする。

だが巨大企業が潤う影で、個が消えていくのも事実だ。日本も一昔前は、それぞれが個人商店主のようなものだった。それが大きな鯨の飲み込まれてしまったのだ。

これから小さな経済圏を作るということは、個を取り戻すことであり、個人商店主を復活させることと言えるだろう。

常に物欲を刺激されている日本人

パンダ
みんなコマーシャルに踊らされてることに気づいたほうがいいぜ。

今の日本の社会は、現状で十分達成されていることであっても過剰に理想像を煽っているような気がしてならない。消費者は物欲を絶えず刺激されて、それにより経済活動が賄われているのだ。

誰かが商品を買わなければ経済は回らない、本当にそうなのだろうか。必要以上に物を買い浪費する、それが現状だ。人々は必要がないのに広告により物欲を刺激されてまた何かを購入するのだ。

どの企業もなんとか売上を伸ばそうと頭を下げて使う。そして疲労を溜めていき、消耗していく。

そんな世界に住みたいとあなたは思っていただろうか?

少なくとも私はそう思っていない。

どこでどう間違ったのか、それとも人間は欲を持ついきものだから、遅かれ早かれ同じような経済状況になったのだろうか。

それ、本当にあなたがほしいものだろうか?

家入一真は弱者な味方

パンダ
弱者をどう守るかが社会には大事なんだよな。

今、僕の頭の中にあるのは、常に、弱い立場にいる人たちだ。
 地方のシングルマザー。
 地元で頑張る農家。
 うまくいっていない工場。
 今はまだ、売れてないお笑い芸人。
 メジャーデビューしたが予算の出ないミュージシャン。
 路上で夢見るアーティスト。
 学校に行く理由を見い出せない学生。
 就職して、道に迷い会社に行けなくなった新卒。
 定年退職、後何をしていいかわからないおじさん。

 そんな彼らが社会の仕組みに萎縮することなく声をあげ、社会構造に依存せずに行動を起こせる土台を、僕はCAMPFIREでつくりたい。

家入氏の言葉はいつも優しい。常に弱い人の味方でいようと考えているからだろうか。

社会には必ずひずみができる。そしてそのひずみに一定数の人間が落ちる。

時にそれは自己責任という言葉で片付けてられる。本当に自己責任なのだろうか。あなたがそのひずみに落ちることはないのだろうか。

ひずみに落ちると自力で上がることが難しいことがある。しかし手を差し伸べてもらえることは少ない。

この問題を解決するには誰かが手を挙げなければならない。それを家入氏のような人が立ち向かうことになる。

本当に幸せな世界というのは、何かあったとき誰かが救ってくれるという安心感があることだと思うのだ。すべて自己責任で片付けるような世界は、生きやすい世界とは程遠い。

なめらかなお金がまわる社会、おわりに

最後に本書のなかでも紹介されている、村上龍著の『希望の国のエクソダス』から一文引用して締めるとしよう。

「この国には何でもある。だが、希望だけがない」

パンダ
希望のない国に、誰がした?