【書評】『マンゴーと手榴弾―生活史の理論― 岸政彦著』を読んだ感想。社会学と沖縄の歴史について知りたい人にオススメの本。

「マンゴーと手榴弾」を書評するパンダ
 
パンダ
マンゴーと手榴弾? この本いったい何の本?

今回の書評は『マンゴーと手榴弾―生活史の理論― 岸政彦著』だ。主に沖縄戦での当事者のインタビューを交え、生活史について考えるための本である。

まず、「はじめに」から一か所引用しよう。

本書は、生活史調査の方法論と理論について書かれた本である。私は個人の人生の語りである生活史に基づいた調査を次のように定義している。

生活史調査とは、個人の語りに立脚した、総合的な社会調査である。それは、ある社会問題や歴史的事件の当事者や関係者によって語られた人生の経験の語りを、マクロな歴史と社会構造とに結びつける。語りを「歴史と構造」に結びつけ、そこに隠された「合理性」を理解し記述することが、生活史調査の目的である。

マンゴーと手榴弾の意味

パンダ
マンゴー食べたい。

さて、まずこの秀逸なタイトル、「マンゴーと手榴弾」について書こう。このタイトルを見て何のことかわかる人は少ないだろう。一体なにについて書かれた本なのだろうか、と。

この本は社会学の観点から、沖縄戦について語られたある種のノンフィクションと言っていいだろう。

手榴弾とはなにか。

沖縄戦の真っただ中、沖縄の人々は追い込まれた末に集団自決の道を選んだのだ。いや、選ばされたのだ。そのときに使用したのが手榴弾だ。家族で壕に集まり自分で手榴弾の信管を抜き命を絶つのだ。

しかし、岸氏がインタビューをした女性は生き延びた。手榴弾の信管を抜いたが爆発せず、その場から母親と逃げたということだ。

現代社会からは想像もできない状況である。戦争には良い国も悪い国もない。言ってしまえば巻き込まれる一般人からすればどちらも悪いのだ。これらの戦争でどれだけの人が犠牲になったかと思うと胸が痛む。

では、マンゴーとはなにか。それは以下を引用しよう。

当たり前のことだが、いまこの沖縄で暮らしている人々のほとんどすべては、あの沖縄戦を生き残った方がたの、子や孫なのだ。私はしばらく黙って、海上のはるか遠くに浮かぶ上がる島の影をじっと眺めていると、学生のひとりが、記念に写真を撮りましょうと言った。私がiPhoneのシャッターを押すときに、彼女はにこにこと笑って、「ピース」サインをした。
1945年、あの島で彼女は、日本兵から二つの手榴弾を手渡された。2015年のあの公民館で、手榴弾のかわりに彼女が私たちに手渡したのは、いくつもの甘いマンゴーだった。

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2018.10.13

宜野湾市、普天間基地の周辺をめぐるその現状と過程

パンダ
なるほど、基地が先、ってことね。

現在の宜野湾市の人口のほとんどは、普天間基地が「できてから」、その真横や近所に住むようになった、あるいはそこで生まれて現在も住み続けている、ということである。
普天間基地は、住宅密集地にある「世界でもっとも危険な基地」だと言われていて、そのことが返還や移設をめぐる協議の場でつねに言及されるのだが、その危険な基地が「できてから」人口が増えているということは、それはその人びとが「自ら進んで」爆音や墜落の危険のある基地の周辺に住んでいるということである。しかたって、その基地被害なるものは、十分な情報のもとでの自由な選択によって選ばれたことの結果であり、その責任は国にも自治体にも、「社会」にもない、ということになる。

ここでは基地問題に対してどうこう言う気はない。これは他のどんな問題にも当てはまることだが、結果だけを見て判断すると見誤ることになるという良い例だ。

物事には過程があり結果がある。結果だけを見るのと、過程を見てから結果を見るのとではその問題の捉え方が大きく変わるのだ。

仕事でも、下準備から時間をかけて仕事を終わらせた部下と、その結果だけ見る上司では、その仕事に対する見解はかわるのと似ている。部下の努力は上司にはわからないし、関係ない。

普天間の件も、今、基地の写真を見れば危険だと思うのは誰でも一緒だ。しかし、そこまでの過程を知っている住人からすればもしかすると大きな問題ではないのかもしれない。なぜならそこに基地があることを知っていて住んでいるから。

ここでやっかいなのは、先に基地あとから住宅、という事情を知っていて、「普天間基地は世界一危険な基地だ」と声高々に言う人たちだ。

このロジックは憶えておいたほうがいい。基地問題だけでなく、結果と過程の見方を歪曲し、都合のいいように話をもっていこうとする人には要注意だ。

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2018.06.07

社会学の本質はそのディティールにある

パンダ
本ってディティールが命なんだよ。

生活史の聞き取りでは、さまざまなことが語られる。いつもおおまかにはテーマを決めて聞き取りをさせてもらうのだが、だいたいはテーマからすぐに逸脱し、その場の会話の流れに身をまかせて、いろいろなことが語られる。そして、そうした、調査の本筋とはあまり関係のない、小さな物語のなかに、ときおりとても強い印象を残すものがある。私は、インタビューを終えたあともそうした小さな物語をよく覚えていて、ときおり思い出しては眺めなおす。

フィクションでなく実際に聞き取りした内容からこの本が構成されていることから、文章から受ける印象は大きく変わる。フィクションでは、創作物であり、実際に起きたことではない。それでも物語の紡ぎ方によってはじゅうぶんに心を動かされるものだ。

しかし、やはりリアルな声には勝てない。あまりにも使い古された言葉だが、「事実は小説よりも奇なり」は的を射た言葉だ。

本書の中のインタビューから受ける、生々しい印象はあなたの心を打つだろう。戦争を体験した人は時間の経過とともに減っている。今戦争について語れる人の存在は貴重だ。戦争は起こしてはならないという共通認識を、今後も人間が持つにはこういった生き字引がなによりも効果がある。

ディティール、小説を書くときに注意すべき点だが、生の声以上のディティールを出すことは不可能だ。

マンゴーと手榴弾―生活史の理論―、まとめ

最後に、最後のページから引用して締めるとしよう。

基本的にはこの世界には意味はない。
私たちの絶対的な外部で連鎖している無限の因果関係の流れのなかに、私たちはとつぜん放り込まれ、そこで生きろと言われる。

私たちは、なぜ私たちが存在するのかということについては理解することはできない。しかし、そうした理解できない世界のなかで、どうやって必死に毎日を生き延びようとしているかについては、お互いに理解することができる。

社会学者にできることがあるとすればそれは、それぞれ一回限りの歴史と構造のなかで、その状況において行為者たちはこの行為を選択したのだという事例の報告を、無限に繰り返すことだろう。

パンダ
生まれた意味なんてない。だけどそれに絶望することはない。なぜなら人間同士はわかりあうことができるから。