【考察】ブログで書評を書くということについて今思っていることを綴ってみた。書評の書き方や考え方は参考にならないと思う。

ブログで書評を書くことについて考察するパンダ
 
パンダ
今日は1月1日か。
あけましておめでとうございます。

今回は「ブログで書評を書くということ」について書いてみたいと思う。

年も明け、新たな気持ちでという意味も込めて振り返りをすることにする。

ブログで書評を書く理由

パンダ
なんで書評なんて書いてるんだ?

なぜブログで書評を書いているのかを考えたとき、まず考えられるのは本が好きだからということ。本が嫌いで書評を書いている人はいないと思う。私もやはり毎日本を読んでおり、本はなくてはならない物と言えるだろう。よくある陳腐な質問で、無人島に持って行くなら何?という問いには「本」と答えるだろう。

ブログは好きなものか興味のあるものでなければ続かないと思う。本だけのアフィリエイトでは大して稼げないからだ。そこには収入以外の何かが必要だ。

書評を残しておくことで自分の復習にもなるという点もある。ブログを見ればその書評を書いたときに自分が何を思ったか、どんな言葉に惹かれたのかなど、過去の自分の思考を振り返ることができる。

手帳に残しておけばいいかもしれないが、あえてブログにしているのは誰かの目に触れるということ。手帳ではおそらく自分しか見ない。だがブログであれば、誰かに見てもらうことができ、その見た人が自分の書いた書評により、何かヒントを得たり勇気づけられることがあればこれ以上の幸せはないだろう。

せっかく本を読み書評を書いているのだから、誰かと分かち合えたらすばらしい。そして書評をきっかけに元の本を読むことになれば、著者にも少しだけ貢献できることになる。

ブログで書評を書くメリット

パンダ
メリットなんかあるか?

これはツイッターをあわせて使うことになるが、書評を書いたらその記事を著者宛にメンションを送ることで、反応を知ることができる。

もちろんなかにはまったく反応しない人もいるが、多くの著名人はリツイートやいいねで反応してくれることが多い。殊の外、ツイッターの世界に住む住人はやさしいのだ。

下記はクレメア氏(@cremea)のnoteを書評したときにツイートしてくれたものだ。

「神書評」などと書かれてしまったら、また頑張らないといけない、と思うしかない。

「いや、そこはそういう意味じゃないんだよな」など、何か言いたいことはあるかもしれないが、手放しで賛辞を送ることで、また書評を書こうという気になる。またそういった行為が著者の器の大きさを感じさせるものだ。

あなたももし書評を書くことがあったら思い切ってメンションを送ってみよう。きっと反応があるはず。

ブログで書評を書く上で大変なこと

パンダ
そんな大変そうなフリすんなよ。

書評を書く上で大変なことと言えばひとつしかない。本を読まなければ書評を書けないということだ。要は本を読む時間を捻出することである。

これは自分でなんとか時間を作る以外に方法はない。仕事で時間が取れない、育児で時間が取れない、誰でも時間が取れない理由は上げればいくつもあるはず。だがそこをどうにかして時間を捻出しなければ書評はおろか、自分のスキルアップのための勉強等も何もできないことになる。

読む時間を捻出するためにひとつ必要なことはいつでも本を持っていることだ。スマホやkindleでもいい。常に持っていれば少し時間が空いたときに読書することができる。一文でもいい。仕事の休憩中、移動中、子どもの昼寝中、など隙間時間は探せばいくらでもある。

現代人には時間がない。だから細切れの時間をいかに活用するかが、他の人と差をつけるポイントになるのだ。

オーディオブックを活用して耳で読むのもいいだろう。とにかく自分にあった方法を見つけて読書する時間を捻出するしかない。

書評を書く上で忘れてはいけないのは著者へのリスペクト

書評を書く上で忘れてはならないのが著者へのリスペクトだと思っている。書評はあくまで二次情報だ。一次情報である本というものがなければ書評は書けないのだ。

そのため、一次情報である本を書く著者の方々には、日々感謝している。それと同時に、いつもこの言葉を思い出す。

名探偵コナン、怪盗キッドの名言
出典:漫画「名探偵コナン」

「怪盗はあざやかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが、探偵はその跡を見てなんくせつける……ただの批評家に過ぎねーんだぜ」

これは名探偵コナンの怪盗キッドの言葉だが、これを言いかえるなら「作家はあざやかに文章を紡ぎ出す創造的な芸術家だが、書評家はその跡を見てなんくせつけるただの批評家に過ぎない」となるだろう。

こう思っているからこそ謙虚な気持ちを忘れないでいようと意識している。この書き方で大丈夫だろうか、引用しすぎじゃないだろうか、著者を不快にさせてはいまいか、など頭の片隅に入れながらいつも書評を書いている。

まとめ

私はこれからも本を読み続ける限り、書評も書き続けるだろう。書評ブログが価値を持つには記事数が100、200程度ではダメで、最低でも1,000、2,000は必要だと考えている。それだけあればこのブログに訪問した人が目当ての本を見つけやすくなると思う。どこまで行けるかわからないが、ただ前に進もうと思う。

ではひと言でまとめるとこうなる。

パンダ
「動画撮れ!」、じゃなくて、「本を読んだらアウトプットしろ(アウトプットはブログでもツイッターでもフェイスブックでもなんでもいいよ)」