【書評】『イシューからはじめよ 安宅和人著』を読んだ感想。人生は何かを成し遂げるためにはあまりにも短い!

「イシューからはじめよ」を書評するパンダ
 
パンダ
イシューなんて言葉はじめて聞いたな。

どうも仕事がうまくいかない、自分のやっていることが正しいのかどうかわからない、そんな人にこの本はオススメだ。

 

この本のすごいところは読後の「なんか頭がよくなったような気がする感覚」だ。

ともするとその「感覚」は「錯覚」でしかない可能性もあるが、本書を何度も読み返し、「本当に優れた知的生産には共通の手法がある」ということが腑に落ちれば、あなたは仕事でうまくいくことはほぼ約束されたと言って過言ではない。(と思う)

本書に出てくる用語

本書に出る用語
・イシュー
・解の質
・バリューのある仕事
・犬の道

聞き慣れない言葉が出てくるが本書の中で説明しているので、この言葉の意味はなんだ? と考えながら読むと理解が早まると思う。

イシューとは?

本書の中ではイシューについて次のように定義している。

イシュー(issue)の定義
・2つ以上の集団の間で決着のついていない問題
・根本に関わるもしくは白黒がはっきりしていない問題

表現を変えると、「本質的な問題を見極め、それに集中して取り組む」ということだと思う。

バリューのある仕事とは?

まず、イシューを「イシュー度」という度合いで示し、それと共に「解の質」という表現が出てきます。

イシュー度
自分の置かれた局面でこの問題に答えを出す必要性の高さ
解の質
そのイシューに対してどこまで明確に答えを出せているかの度合い

バリューとは「生産性」のことですが、生産性の定義は、「どれだけのインプットでどれだけのアウトプットを生み出せたか」ということ。

よってバリューのある仕事とは、

バリューのある仕事
「イシュー度」と「解の質」双方を高めた仕事

となる。

犬の道

ただここで注意点として、ただ「解の質」だけを求めて、一心不乱に大量の仕事をすることで、バリューを上げようとしてもムダとのこと。

それを著者は「犬の道」と呼んでいる。

わかりやすい表現を引用すると、

「あれもこれも」とがむしゃらにやっても成功はできない。死ぬ気で働いても仕事ができるようにはならないのだ。うさぎ跳びを繰り返してもイチロー選手にはなれない。「正しい問題」に集中した、「正しい訓練」が成長に向けたカギとなる。

この表現がもしかしたら一番わかりやすいかもしれない。

古い考えをもった人の場合、「オレがした苦労をお前もしろ」的なことを言う人がいるが、これは全くの間違いだと私は思っている。

時代はどんどん進化しているので、過去に苦労したことでまた苦労していては前に進めない。

過去に誰かが苦労したことは簡単にできるように変換し、若い人はまた別のところで苦労する、という流れが会社には必要だ。

そんな古い苦労話をされても、と笑っちゃうが。

またこうも言っている。

世の中にある「問題かもしれない」と言われていることのほとんどは、実はビジネス・研究上で本当に取り組む必要のある問題ではない。世の中で「問題かもしれない」と言われていることの総数を100とすれば、今、この局面で本当に白黒はっきりさせるべき問題はせいぜい2つか3つくらいだ。

取捨選択が必要ということだ。

大変だ、これは問題だ、と大きな声で騒ぎ立てる人はどの会社にもいると思うが、そういった行動はほとんどが無意味ということだ。

もしかすると自分がやっていることもほとんどが無駄だったりするのか、と考えるとむなしくなってきますが。

とにかく「犬の道」には迷い込まないようにご注意いただきたい。

まとめると、徹底してビジネス・研究活動の対象を意味のある「イシュー度」の高い問題に絞り、そこから「解の質」を上げ、「バリューのある仕事に到達する」、これがここで言いたいことです。

根性に逃げるな

労働時間なんてどうでもいい。価値のあるアウトプットが生まれればいいのだ。たとえ1日に5分しか働いていなくても、合意した以上のアウトプットをスケジュールどおりに、あるいはそれより前に生み出せていれば何の問題もない。「一生懸命にやっています」「昨日も徹夜でした」といった頑張り方は「バリューのある仕事」を求める世界では不要だ。最悪なのは、残業は休日出勤を重ねるものの「この程度のアウトプットなら、規定時間だけ働けばよいのでは」と周囲に思われてしまうパターンだ。

私がこの本で一番すっと心に入ってきた言葉はこれだった。

今の世の中、だいぶ変わってはきたが未だに根性論や精神論を持ち出す人は確実にいる。

私もまったく根性が必要ではないとは思っていないが、根性だけではうまくいくわけがない。

根性論は昭和の時代で終わっていると思う。

昭和であればひとつの仕事をまっとうすることが美学のように思われてきたが、これからの時代はそうではない。

これからはたくさんの仕事を経験した人の方が、重宝される時代に変換していくのではないだろうか。

悩まない、悩んでいるヒマがあれば考える

「悩む」=「答えが出ない」という前提のものに、「考えるフリ」をすること
「考える」=「答えが出る」という前提のもとに、建設的に考えを組み立てること
この2つ、似た顔をしているが実はまったく違うものだ。「悩む」というのは「答えが出ない」という前提に立っており、いくらやっても徒労感しか残らない行為だ。僕はパーソナルな問題、つまり恋人や家族や友人といった「もはや答えが出る・出ないというよりも、向かい合い続けること自体に価値がある」という類の問題を別にすれば、悩むことには一切意味がないと思っている(そうは言っても悩むのが人間だし、そういう人間というものが嫌いではないのだが……)。

著者は悩むことはバカげたことと一蹴している。

著者の周りで働く若い人にはこうアドバイスしているそうだ。

「悩んでいると気づいたら、すぐに休め。悩んでいる自分を察知できるようになろう」
「君たちの賢い頭で10分以上真剣に考えて埒が明かないのであれば、そのことについて考えることは一度止めたほうがいい。それはもう悩んでしまっている可能性が高い」

そもそも普通の人は悩んでいることにすら気づかないのでは、と思った。

また悩んでいることに気づいているが、悩むことは正しい、もっといくと、悩んでいることで仕事をしている気になってしまう、これが悩みの一番の弊害であろう。

最後に

本書では「イシュー」について深く様々な角度から細かく解説している。図解も適所に使われ、とても読みやすい内容となっている。

本から出る雰囲気というものがそれぞれにありますが、この本はとても良い雰囲気を持っている。

文章もわかりやすい、図解もよし、装丁などのデザインもいい、そして内容から著者のやさしさが伝わってくる、そんな特徴がこの本にはある。

気になった方は是非読んでみてほしい。

最後に読んだ人の感想とそれに対しての著者の答えを引用する。

「イシューが大切なことはわかったが、どうやって自分の見ているものがイシューかそうでないのかがわかるのか、今ひとつ腑に落ちない」

「内容はその通りだと思うが、腹に落ちた、真に理解した、という感覚になれない」という感想もある。

そう言う人には、僕は次のように伝えている。

「僕は今、できる限りの深いレベルまで、知的生産におけるシンプルな本質を伝えた。あとは、あなたが自分で経験する以外の方法はないはずだ」と。

 

仕事で問題提起のポイントがおかしいんじゃないかと思ったら是非こう言ってみてほしい。

「それって本当にイシューなんですか?」と。

確実に「は?」と言われるはずなんで(笑)

パンダ
それって本当にイシュー?
イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

安宅和人
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