【書評】速読では読書本来の幸福を味わうことはできない。本はゆっくり読もう!『遅読のすすめ 山村修著』を読んだ感想。

遅読のすすめを書評するPANDA
 
パンダ
本を読むのが遅くて悩んでない?

読書というとどうしても速く読めるほうが有利という認識があり、本を読むのが遅い人はどうにか速く読める方法はないか、とあれこれ探してしまうもの。

あなたもそうだろうか。

そんなあなたにはこの本をオススメしたい。

「速読」ではなく「遅読(ちどく)」について書かれた本である。

遅読とはゆっくり読むこと

読書をするうさぎ

この本では本をゆっくり読むことをすすめている。

冒頭に書かれていることが、この本で伝えたいことをわかりやすく表していると思う。

本はゆっくり読む。ゆっくり読んでいると、一年にほんの一度や二度でも、ふと陶然とした思いがふくらんでくることがある。一年三百六十五日のうち、そんなよろこびが訪れるのは、ただの何分か、あるいは何秒のことに過ぎないかも知れない。それでも、速く読みとばいていたなら、そのたった何分、何秒かよろこびさえ訪れない。
先日、漱石の『吾輩は猫である』を読んでいると、ほとんどラストに近いあたりで、次の一行が目にふれた。

呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。

この小説を読むのは三度目である。一度目は高校生のころ、二度目は二年ほどまえのこと。一度目の高校時代ははるかな昔のことで、みごとなくらい内容の記憶を失われているから除外するとして、二度目に読んだとき、この一行には気がつかなかった。

速く読んでいては特定のある一文に目が止まる確率は低いだろう。

それでは読書の醍醐味が薄れると著者は考えているようだ。

また、こんな記述もある。

本を速読してしまうことは、私には、本のもたらすあらゆる幸福の放棄であると思える。ただ一つ、速読を実践する人たちにしか味わえない幸福があるだろうとは推測できる。それは、量とスピードのもたらす快楽である。今月は三十冊読んだ、五十冊読んだ、百冊読んだと、手帳に書きつける快楽である。

著者にとっての幸福な読書というのは、通読すること、とある。

そのため流し読みした本は読書のうちと数えたことがないそうだ。

速読というのは一種の快楽を求めるために行うのであって、読書本来の幸福は放棄してしまっていると著者は語る。

私は速読はできないが、速読が悪いとは思わない。

速読できる人はいいな、と思い、速読の本などを買って練習してみたものだ。結局マスターできなかったが。

おそらくそれぞれ目的が違うのだと思う。

速読は少ない時間でどれだけの知識を吸収できるか、という目的だが、遅読は読書の幸福を味わうために行う、こういった違いがあるのだろう。

どちらがいいとか悪いとかではなく、使い分けができると読書の幅が広がっていくと感じた。

私が思う遅読のメリット

本を一時間読むとして、速く読める人は一時間で一冊読み終わるが、遅い人は三分の一程度だとしよう。

結果だけ見れば速く読める人のほうが吸収した知識は多いだろうということがわかる。

しかし、読書で一番大事なことはスピードではないと思う。

読書で一番大事なことは、読んでいるときに自分の心がどれくらい動くか、ということではないだろうか。

同じ一時間であれば、本を速く読もうが遅く読もうが心の振動は一緒なのだと思う。

深いか浅い、広いかせまい、の違いだけ。

高速であれこれ感じることができる人がいれば話は別だがそんな人間はいまのところいないだろう。

同じ人間、あれこれ差があったとしても心の動きはほぼ一緒のような気がするのだ。

例えば、速く読める人は読むのが遅い人より気づく点が多くあるかもしれない。

しかし、その文について考える時間というのは多くないため、ひとつひとつの思考は浅いと言える。

また、仮に一時間で一文しか読めなかったとした場合、その一文がどうしても気になり、一時間その文だけのことを考えていたとしたら思考の深さはマリアナ海溝よりも深い。

大海に出て水面だけをなぞるか、一点に集中して深く潜るか、この違いなのではないだろうか。

だからどちらがいいと断言することなど無理だし、そんな意味もない。

とはいってもやっぱり速く読めるようになりたい人は

ジャンルごとに読み方をかえる

分厚い図鑑を読むうさぎ

私は本のジャンルによって読み方を変えている。

・ビジネス書関連は、目次に目を通してからペラペラめくり、気になる章や言葉のみじっくり読む。
・小説関連は、一字一句しっかり読む。

こうすることで効率よく読書をするようにしている。

ただ、すべてにこれがあてはまるわけではない。

「これだ!」と思ったビジネス書や自己啓発書があればじっくり読み、同じ本を数回読むようにしている。

速く読むにはまず多く読むしかない

逆説的ですが、本を速く読めるようになってたくさんの本を読みたい場合、やはり本を多く読むしかないと思う。

幼稚園児くらいの子で考えてみよう。

寝っ転がって本を読む男の子

このくらいの子はある程度文字は読めるようになっているが、朗読などができるようになるにはもう少し時間がかかる。

それはなぜかといえば、言葉や漢字を知らないからだ。

言葉が漢字を知らなければ途中で止まってしまい、スムーズに読み進めることができない。

これは大人にも当てはまる。

しゃべる言葉は同じであっても、読むとなると言葉や漢字を多く知らないとならない。

速く読めるという人は絶対的に言葉や漢字を知っている量が多いはず。

それはなぜかといえば今までたくさん読んできたから、だ。

辞書でひたすら言葉を勉強し続けたという人もなかにはいるかもしれませんが、基本はやはり本を読むことであろう。

知らない言葉が出てくれば調べてみる、これも大事である。

速く読むために意識すべきこと

本を速く読めるようになりたい人は以下のことを意識しよう。

・読書は何冊とか何ページとかではなく、読書した時間で見るようにする。

・今まで読書時間が1日30分であるなら、それを1時間にするにはどうすればいいかを考える。

読書時間で見るようにすれば誰でも同じように積み重ねていくことができます。

冊数にしてしまうと速い人と遅い人で圧倒的な差がついてしまう場合があるので時間で見よう。

時間は誰にも平等。

そしてその読書時間を確保するためにいかに工夫するか。

これも時間配分をすれば読書時間を捻出することはまだまだ可能だと思う。

遅読のすすめ、終わりに

遅読のほうに話を戻すことにしよう。

とにかく速く読むことばかり意識してきた人はいったん立ち止まって、遅読をしてみることをおすすめしたい。

遅読をすると今まで気づけなかったことに気づけるかもしれない。

それを体験してもらうために、一度読んだことのある本で試してみよう。

「へえ、こんなこと書いてあったんだ」

と、思うことがきっとあるだろう。

遅読で見たこともない景色を見ることができるはずだ。

増補 遅読のすすめ (ちくま文庫)

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