
今回の書評は、直木賞を受賞した『少年と犬 馳星周』だ。
馳星周氏と言えば衝撃のデビュー作『不夜城』が有名だが、今作はそのイメージとはまったく違ったテイストになっている。
『不夜城』はマフィアの裏社会を描いたドロドロで濃密はミステリーで、私は大変好きな作品だが、そのイメージでこの『少年と犬』を読むとそのギャップに驚くだろう。
『不夜城』を読んだことのない方は是非一度読んでほしい。
色で言うなら、『不夜城』は黒である。
しかも真っ黒だ。
『少年と犬』を色で表すなら、白だろう。
『不夜城』ではこれでもかというほど憎悪や悲哀を詰め込んでいるが、『少年と犬』は極限まで言葉を絞り、まったく無駄のない文章に仕上がっている。
直木賞もうなずける作品である。
あらすじをかんたんに紹介しておこう。
犬の多聞(たもん)は、震災により飼い主を亡くしてしまう。
そこから何かに導かれるように旅をはじめる。
その旅の途中で様々な人間に会い、その人間のやさしさに触れる一方、心に傷を負った人間を不思議な力で癒していく。
多聞が嗅ぎつけるのは死のにおいだったりする。
人間たちとの出会いと別れを繰り返しながら、それでも多聞はある方向を目指す。
その先には何が待っているのか――?
多聞は旅の途中で様々な人間に会うのだが、どの人間も心に傷を負っていることが共通点だ。
傷は誰もが負っているのかもしれないが、出会う人間からに「死」のにおいを感じているようだ。
犬は人の気持ちを察することができる生き物だ。
誰もが傷を負っているとしても、その中から特に傷ついてる人間を選んで多聞から出会いのきっかけを作っているように感じた。
やさしさを持った犬なのだ。
実際にこういう犬がいるかどうかはわからないが、きっと多聞はどこかにいる、そう思わせてくれるリアリティさがこの作品にはある。
犬好きな人にとっては、とてもオススメしたい作品である一方、読めば痛々しい思いをする可能性もありオススメできない、という本でもある。
ただ、犬好きでなくても本書を読めば、多聞の儚さや賢さ、そして勇敢さに勇気をもらうことができるだろう。
また、出会う様々な人間のなかに、自分と似た境遇や心境の人間を見つけるだろう。
誰もが傷を負っているのだ。
似た傷というものはよくあるものだ。
犬と人間たちの出会いの物語、涙することは間違いない。
是非読んでほしい傑作である。