今回の書評は「破天荒フェニックス」だ。
以下はこの本を読んだ私の全体的な感想である。
この小説は、ひかえめに言って池井戸潤を超えた。
破天荒フェニックスあらすじ(概要)
絶対に倒産すると言われたメガネチェーン店「オンデーズ」の社長になった、著者の田中修治氏の作品だ。
田中社長は瀕死の「オンデーズ」を立て直そうとするが、次々と起こる出来事に翻弄されていく。
これは小説の形をとっておりフィクションであると謳っているが、事実を元にしている小説であるため、その生々しさは半端ない。
破天荒フェニックスに詰め寄る部下
新店が失敗して田中氏は落ち込んでいた。そんなとき、普段は寡黙で真面目な高橋がきた。田中氏はこの人も辞めるのか、と思った。だいたい部下が、ちょっとよろしいですか、と切り出したら退職の話だと思うだろう。だが、しかし高橋が言ったことは次のようなものだった。
「いいですか、今の商品部は全然なってないですよ。(中略)社長、私に商品部を任せてくださいよ!」
「いいですよ! やっちゃってください! それだけ今までやりたいことがあったんなら、もう好きにやっちゃってくださいよ」
「は? いいんですか? 本当に……」
「社長の俺が、今ここで良いって言ってるんだから、良いんですよ。そんな悠長なこと言ってる時間なんてないんですから、もう今この場で部長に任命しますよ。すぐに商品部長の名刺を作って好きに動いてください」
これに対しての高橋の反応は次のようなものだった。
「こういうの! こういう展開! こういうスピード感を、私はまさに待ってたんですよ! 私やりますから! 任されたからには全力でやりますから。じゃあ私が商品部の部長ということで良いですね!」
この展開、勤め人なら「わかる!」と思う展開ではないだろうか。私はここで不覚にも涙した。
会社から認められず仕事も任されない状態というのは勤め人にとって辛いことだ。ここでの高橋も自分のやりたいことがやれずモヤモヤしたものをずっと抱えていたのだろう。
そこにこの展開だ。こういったスピード感を勤め人たちは求めているのだと思った。なんとなくルーティンをこなすだけの仕事は、仕事ではなく作業だ。それを淡々とこなすだけでは仕事へのやりがいなどいつかなくなってしまう。
自分のした仕事がすぐ認められる、すぐに結果に反映する、そんなスピーディーな職場というのは本来勤め人が求めるものだと思う。そこにはプラスの面もあればマイナスの面もあるだろう。だが、そういった環境に身を置くことで人は本来の仕事の意味や、人のために役に立つことは何かを考えるものなのではないか。
破天荒フェニックスいちばんの号泣ポイント
未曽有の被害が出た東日本大震災、オンデーズとして何かできることはないかと考えた末、避難所をまわって無料でメガネを配布することになった。
地震の影響でメガネをなくした人は多く、その人たちにメガネを配布して回ったのだ。すばらしい活動だと思う。
そんな中、メガネを配布してあげたお婆ちゃんから感謝されたときの話が、心を打った。
ここは特に多くの人に読んでほしいところだ。
そんな時、あなたたちがやって来て私にメガネを作ってくれたでしょ。私それで、さっき作ってもらったばかりの、このメガネを掛けて、恐る恐る掲示板の前に行ったの。もう心臓が張り裂けそうな程、とても怖かったわ。でも必死に感情を押し殺して、こう文字を一つ一つね、追いかけたの。
そしたらね、別の避難所にいる避難者名簿の中から、家族全員の名前が、私の目に飛び込んできてくれたのよ!
この体験をしたことで田中氏は「当たり前のこと」に気付かされたのだ。オンデーズが売らなければいけないのは「メガネをかけて見えるようになった素晴らしい世界」だったということに。
こういった経験をするかしないかで、成功をつかむかどうかが変わってくるのではないかと感じた。
才能だけで経営していても気付けない何かが、こういった出来事には隠されている。そういう意味では田中氏は大変恵まれているのではないかと思う。これだけ波乱万丈な人生を恵まれていると言ったら怒られそうだが、これだけ貴重な体験を立て続けに経験した人というのはそう多くはないだろう。
そういったまわりのものを引きつける何かを田中氏は持っているのだ。その違いは何だろうか。ひと言で言えば「人柄」と思ったが、あまりに陳腐な表現だ。ここは本を読んで考えてみてほしいところだ。
ただひとつ思うのは、仮に人生のメニューを選べるとして、「田中修治コース」があったら誰も選ばないと思うが(笑)。
破天荒フェニックスのハウスブランド戦略

田中氏は新しいハウスブランドを立ち上げるため取引先と再三の交渉を重ね、ようやく投入することが決定した。
その当日、おかしなことが起こった。開店から30分もしないうちに商品が売れて行くのだ。それを調べたところ、社員が買っていたことが判明して、田中氏は激怒した。
「はぁ? なんだよそれ! 『社員に強制的に買わせるな』って前にあれほど厳しく言っただろ! そんな、社員に無理やり自腹で買わせて作った数字になんて意味はねーんだよ! 何いらない気を勝手に回してんだよ! 今すぐに全員に返品させて金を返させろ!」
「ちょ……いや、待ってください。違います! 違います!」
「何が違うんだよ!」
「誰も管理職は『自分で買え』なんて指示してませんよ! みんな欲しくて勝手に買ってるんですよ! 『こういうフレームを待ってたんだ』って『こういうのを掛けて俺たちはずっとお店に立ちたかったんだ』って言って」
「え?」
「以前、社長に言われてから、管理職は誰一人として、一度も部下に自分で買うようになんて指示はしてません。今電話したSVたちも、皆んな『思わず欲しくなって買っちゃった』と言ってます。どうしましょうか……? 一応、SVたちには、お客様が優先だから欲しくても、ちょっと待つようにとは言ってたんですが。全員一度、返品するように指示しますか?」
「いや、良いよ。そのままで……」
僕は嬉しかった。
ここであなたに問いたい。あなたは自分の会社の商品もしくはサービスにお金を出してもいいと自信を持って言えるだろうか。
どうだろうか。
少なくとも私は自信を持ってお金を出せる、とは言えなかった。恥ずかしいことだ。
以前読んだ『転職の思考法』という本ににこんなことが書いてあった。
「いいか。自分が信じていないものを売る、これほど人の心を殺す行為はないんだ」
この言葉と、今回の社員たちがメガネを買う姿は対象的ではないだろうか。
「こういうフレームを待ってたんだ」自分の会社の社員からこんな言葉を聞いたら、それは顧客から言われるよりうれしいだろう。自分の会社の商品を誇りに思うことができる、これほど幸せなことはないかもしれない。
どれだけいるだろうか。自分の会社の商品やサービスに誇りを持っている社員というのは。
今、自分自身の仕事を見つめ直してみてはいかがだろうか。
おわりに
この物語はまだまだ終わらない。この本には著者の、苦悩、懺悔、焦燥、屈辱、歓喜、すべてが織り交ぜてある。
この書評で味わえるのはほんのごく一部だ。
本書を最初から最後まで読めば、あなたの心が四方八方からこれでもかというほど打ち負かされることは間違いない。
近年の中でも、最高の物語と言っていいほどの作品である。
最後に、著者の亡くなった父の言葉を紹介して締めるとしよう。
男なら荒れる海を越えていけ。そして自分を試してみろ。広い大海原で思うがままに舵をとれ。迷子になればまた港に帰ってくればいい。若いうちにしかできないことをやらなきゃダメだ。