【盲目的な生き方のススメ】よろこびもかなしみもすべてはおなじこと。プラスがあればマイナスがあり結局はゼロになるという考え方。

盲目的な生き方のススメ
パンダ
今回は、よろこびとかなしみ、そしてビックバンについて

今回は、常に変化を続ける現代をしあわせに生き抜くための方法について書いてみようと思う。

お題は「盲目的な生き方のススメ」とした。

これに関連する記事をいくつか書いていけたらと思う。

非常に現代は生きにくい時代だと思う。

様々なものが進歩し、生活は豊かになったとは言え、それとは逆に精神的に追い込まれることが多く、しあわせを感じづらいのではないだろうか。

そこで私からは今の時代にあった生き方というのを提案してみたいと思う。

 

まずタイトルにある「盲目的」という言葉について書いておこう。

本来「盲目的」とは以下のような意味だ。

感情や衝動に引きずられて、理性や分別を欠くさま。

よく聞く言葉で「恋は盲目」とあるが、これはひとりの人に恋をして他の人がまったく目に入らない状態を言う。

私がこの記事で使う「盲目的」という言葉は、「視点を絞り、なるたけ必要なところだけを見るようにする」という意味で使っている。

差別的な意味合いはまったく含んでいないし、理性が抑えられず暴走してしまう、というような意味でもないことは書き添えておこう。

それでは本文に入るとしよう。

【盲目的な生き方のススメ】よろこびもかなしみも同じこと

よろこびとかなしみは同じことという話をしようと思う。

人間であればかなしみよりもよろこびを多く感じたいと思うのが普通だろう。

みんなそう願うがそううまくはいかない。

人生というのは思い通りにいかないものだ。

人生でよろこびのほうが多い人もいるだろうが、ほとんどの人がかなしみのほうが多いはずだ。

楽しいことや嬉しいことだけで人生が構成されることはない。

それは、よろこびを感じてしまうと今までよろこびと感じていたものが、いつしかかなしみにとってかわることがひとつの要因でもある。

自分の立ち位置が変わってしまえばよろこびやかなしみの感じ方が変化するからだ。

今までは見上げていたものが、いつしか自分の足元にあったりするのだ。

そうなると幸せの基準というものをどこに置けば良いかわからなくなる。

わかりやすい例をあげると、今まではお金がなくて買えなかった車があるとしよう。

お金を稼ぎその欲しい車を手にすることができた。

しばらくはその車を所有していることがよろこびとなるが、いつしかそれでは満足できなくなる。

もっと高い車が欲しくなるからだ。

そしてまたがんばって高い車を買う。

すると前に乗っていた車はよろこびにつながるものとは言えなくなる。

自分の立ち位置が変わり、よろこびの基準が変わってしまうからだ。

人間はこういった思考を繰り返す。

ゆえによろこびとかなしみは似たもの同士であり、表裏一体なのだ。

世の中は、プラスとマイナスでできているのだと思う。

同じ値でプラスとマイナスがあれば結果はゼロになる。

よろこびがあればかなしみがあり、世の中はバランスをとろうとしてゼロにするのではないか。

よろこびを感じたあとにかなしみを感じたことはないだろうか。

かなしみを感じたあとによろこびを感じたことはないだろうか。

多少の時差はあるだろうが、これはセットなのだと思う。

プラスマイナスはセットで私たちに用意されていて、結果ゼロになるようになっているのだ。

ここでビックバンの話をしよう。

宇宙はビックバンにより誕生したという。

私はこの考えがいまいちしっくりこない。

完全な無から爆発が起こり、この宇宙が誕生したというのだ。

まったく何もないところから爆発が起こるだろうか。

それは無とは言えないのではないだろうか。

おそらくそうした考えでもしないと宇宙の誕生が説明できないほど、人間にはまだ宇宙を解明できていないということなのだろう。

そこで至った結論はこの世を数字で表すなら、ただの「ゼロ」ではなく「1ひく1はゼロ」ということだ。

良いことがあれば悪いこともある。

その差引は必ずゼロになるようになっているのではないか。

良いことがあったあと悪いことがあったことはないだろうか。

逆に悪いことがあったあと思いがけず良いことがあったことはないだろうか。

ほとんどの人がどちらも経験いていると思う。

たまについてない人は悪いことが重なることはあるだろうが、それでも数年先は良いことが続くということが往々にしてあるのだ。

もっと言えば、この世はばらばらではなく、70億人でひとつなのだ。

もっと言えば、人間だけでなく動物や植物などすべてのものを含めてひとつなのだ。

だから良いと言われる人生を送る人もいれば、最低の人生を送る人もいる。

それはふたりで差し引きゼロになるのだ。

だからこの世に無というものは存在せず、必ずプラスとマイナスが背中合わせで存在しているのだ。

光がなければ闇もない。悲しみがなければよろこびもない。

世界は必ず一対で、必ず「1ひく1はゼロ」の数式が成り立つようになっているはずだ。

これならば、この世の誕生も納得がいく。

この世は無ではない、永遠なのだ。

永遠に差し引きを行うことでバランスを保っているのだ。

だから結局人生はプラマイゼロになるようにできている。

それはこの次元の厳然たるルールだ。

この次元の変えることのできない定理なのだ。

だが、、、

その定理に逆らってみようではないか。

悪いことがあればかなしむのではなく、かなしみを恩恵と捉え、よろこびへと変換する。

するとプラマイゼロだったものが、わずかにプラスに傾く。

生をまっとうした瞬間に少しでもよろこびが勝っていれば、良い人生だったと言えるのではないだろうか。

そういった生き方がこんな世の中を楽しむ、唯一の術なのではないだろうか。

パンダ
あなたは何によろこびを感じますか?